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北海道北広島市の魅力

札幌まで電車で16分、新千歳空港まで20分

北広島市の位置図。
北広島市は、札幌市と新千歳空港の間に広がるなだらかな丘陵地帯にあり、自然と都市機能が調和した住みよいまちです。
札幌まで鉄道で16分、新千歳空港まで約20分、自動車でも北海道内各地にアクセスしやすい位置にあります。

人口6万人弱のコンパクトなまち

JR北広島駅周辺の街並み
北広島市は人口6万人弱、面積119.05平方キロメートル(札幌市の約10分の1)のコンパクトなまちです。
ほどよく田舎、ほどよく都会、生活に必要なものは手の届くところにあります。
以下のページで詳しくご紹介しています。
北広島市の暮らし・生活環境【これから移住する方へ】

「プロ野球チームの本拠地」があるまち

北海道ボールパークFビレッジの景色
NPB(日本野球機構)のプロ野球チームは12球団しかありませんが、そのうちの1球団、北海道日本ハムファイターズが北広島市に本拠地を構えています。
2023年3月、プロ野球チーム北海道日本ハムファイターズの新球場「エスコンフィールドHOKKAIDO」を核とする「北海道ボールパークFビレッジ」が開業しました。
「北海道ボールパークFビレッジ」は野球観戦だけでなく、試合がない日でも、買い物や食事、レジャーを楽しむことができる賑わいや交流を創出するエリアで構成される空間です。

きたひろの歴史

現在の北広島市は、先人達がこの地をつくろうと奮闘した長い歴史のもと誕生しました。

市名の由来、広島県人の入植

明治17年(1884年)、広島県段原村(現在の広島県広島市南区段原)出身の 和田郁次郎は広島県人25戸103人とともに野幌原野に移り住みました。
郁次郎は農民たちに平等に土地を与えたため、移住者は次第に増え、明治26年(1893年)には380戸1,200人余りの大きな集落になり、米の生産量は北海道一を記録しました。
これらの功績を讃え、当時の北海道庁長官は「和田村」と名付けるよう提案しましたが、郁次郎は「皆で開拓したので」と固辞。仲間たちの故郷にちなみ「廣島村」と名付けたのです。
たゆまぬ努力でまちと人をリードした精神は、北広島が掲げる「交流」のまちづくりにつながっています。

寒地稲作に成功

明治4年(1871年)の当時、道南より北では米づくりは不可能と考えられていましたが、島松沢に入植した中山久蔵が、寒さに強い「赤毛種」の種もみを取り寄せ、水田の試作に着手しました。
川から引いた水をためて温める暖水路をつくるなどの努力を重ね、明治6年(1873年)、ついに米の収穫に成功したのです。
久蔵は改良を重ねた種もみを無償で分け与え、石狩、空知、上川にも広がり、北海道の米作りを支えました。
改革に挑み続ける精神は、いまも北広島の地に息づいています。

「BOYS BE AMBITIOUSー青年よ大志をいだけ」の言葉を残した地

明治10年(1877年)4月16日、現在の北海道大学の前身である札幌農学校の初代教頭として就任したW.S.クラーク博士が日本を離れる際に、見送りにきた学生たちに「BOYS BE AMBITIOUSー青年よ大志をいだけ」の言葉を残しました。
その有名な言葉を残した場所こそが札幌郡月寒村島松(現在の北広島市島松)でした。

お問い合わせ先

企画財政部 政策広報課
電話:011-372-3311(代表)
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