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61.行幸橋

新・博物史 きたひろしまMAP (61) -広報きたひろしま2006年1月号掲載-

地図昔話は語り継がれて
「行幸」の言葉に隠されたある親子の物語
 

天皇の外出のことを行幸、または御幸と言う。読みは「ぎょうこう」とも「みゆき」とも。昔から天皇が訪れた場所の地名には、この「行幸」という言葉が使われたり、それにちなんだ名がつけられたりしていたようである。北広島でも過去に通過地の一つとして天皇が訪れたことがある。明治14年、明治天皇来道の折、島松の中山久蔵宅で昼食をとったという。
不思議なことに、天皇が訪れたこととは全く関係なく「行幸」の言葉が名前に使われている場所が北広島にある。以前あった札幌道路が裏の沢川をまたいだ上に架けられていたという木橋、「行幸橋」だ。橋の面影は今は何もなく、国道274号にあるJRバスの停留所にその名が残っているだけである。なぜその名がついたのか。こんな話が今も語り継がれている。
まだ広島が白石村だったころ、一人の身重の女が人里もないこの辺りをさまよい歩いていた。女はにわかに産気づき、橋の下で子を産んだが、その日は冬間近の寒い日で、母子は力尽きて死んでしまった。後にその辺りの人々が母子を哀れみ、この橋を「みすて橋」と名づけた。捨てるという言葉はよくないとして「身置き橋」、後に「みゆき橋」、さらに昭和になり「行幸橋」という名前になった。
橋はなくとも、人の記憶が人から人へ今も橋を渡していく。


名前だけが残る「行幸橋」のバス停留所
「行幸橋」のバス停留所の写真

〒061-1192 北海道北広島市中央4丁目2番地1
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開庁時間:平日の8時45分~17時15分