北広島市ホームページ ここから本文です。

  1. トップページ
  2. まちの見どころ
  3. マップでGO!
  4. まちを旅する
  5. 新・博物史 きたひろしまMAP(21~40)
  6. 39.もうひとつの広島村を訪ねて(3.札幌市西区西野)

39.もうひとつの広島村を訪ねて(3.札幌市西区西野)

新・博物史 きたひろしまMAP (39) -広報きたひろしま2004年2月号掲載-

地図もうひとつの広島村を訪ねて(3)
西野に残る開墾用水の碑

札幌市西区西野8条6丁目、西野中学校の裏手に「用水開鑿(さく)記念碑」が立っている。
手稲町誌(昭和43年刊)によると、この地は明治4年、越後人によって開かれたが、同18年に広島県人の前鼻村七(むしち)らが入植したことから、「広島開墾」と呼ばれた。前鼻は明治17年、和田郁次郎を頼って広島村に入り、その後西野に入植し、四坪ばかりの水田を開いたと記されている。
広報さっぽろ西区版平成13年11月号によると、この地では開拓当時、麦、芋などを収穫していた。明治6年、島松で中山久蔵が米作りに成功し、同10年には上手稲村でも稲作に成功する。同19年、前鼻は中山から種もみを取り寄せ、十坪ほどのため池を利用してここに初めて水田を開いた。しかし、水田の増加は深刻な水不足をもたらし、同27年に用水路を作ることになった。工事は同33年に終了。長さ4㎞に及ぶ「広島開墾用水」が完成し、翌34年、完成を記念して碑が建てられたのである。
その後、用水の埋め立てに伴い、碑は現在の地に移転されたという。
1月の穏やかな夕暮れ、碑の前に立つ。和田と中山の想いが交わったこの地に、今は住宅が建ち並ぶ。時の流れはこの地から水の流れを失わせたが、碑はその精神を今も語り継いでいる。

「写真:広島開墾用水の完成を記念した碑」
「写真:広島開墾用水の完成を記念した碑」
 

〒061-1192 北海道北広島市中央4丁目2番地1
電話 011-372-3311(代表)
開庁時間:平日の8時45分~17時15分