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さつみ公園(西の里東)

さつみ公園の位置図

公園名に残る町内会の記憶
その由来は今も変わらぬ眺望ルート

西の里市街地には花にちなむ名前の公園が多いが、西の里東4丁目で立派な四阿(あずまや)を備えた公園は「さつみ公園」と名付けられている。
この公園名は、昭和41年(1966年)から昭和46年(1971年)まで存在した「札見町内会」の名前に由来すると、この地の歩みに詳しい中川良明さんは言う。
西の里郷土史「風雪百年」によると、明治36年(1903年)に始まった部長制度は広島村を16部に区分し、現在の西の里一帯は第6・第7部落会とされた。その後、農事組合の併設、部落会や町内会の発足・併設・分離などを経て現在の姿になった。札見町内会は、第6部落会から分かれた6の2部落会が昭和41年に呼称変更したもの。
「この辺りは海抜70メートル前後あって札幌の街がよく見えたので、町内会の名前を“札見町内会”としました。かつては豊平川の花火大会もよく見えました。デパートの屋上で回る探照灯や、ススキノのネオンも見えましたよ。その後、この町内も人口が増えてきたので、広栄・中央・白樺の各町内会に分かれていきました」と中川さんは昨日のことのように話す。
今も晴れた日には国道274号から札幌のビル群が見える。この30年間で西の里も札幌市も変ぼうしたが、遠くに見える手稲山、札幌岳、恵庭岳、樽前山などが大空に描く稜線は、昔と変わらない。

「写真:さつみ公園」
写真:さつみ公園

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